糀を取り入れた日常を楽しんでもらいたい ― 糀屋・櫻井滋人さん

永禄9年(1566年)に現在の群馬県高崎の地に創業した糀屋は、糀と糀の加工品を製造し続けて450年の道を歩んできました。新たなチャレンジとして2021年末から開発を進めてきたのは、味噌づくりキットと甘酒の新シリーズ「米と花」。
満を持して、この3月にお披露目するにあたり、「糀で新たな価値をつくっていきたい」という想いを携えて本シリーズに取り組んでこられた、マーケティングマネージャーの櫻井滋人さんに話を聞きました。

450年の歴史があるからこそ、糀の未来をつくる使命を担いたい

――どのような事業を展開されているのでしょうか?

屋号の通り、私たちは「糀」づくりを中心とした事業を営んでいます。お米にダメージを与えない手仕事と国産の安全な原材料を基本とした、うま味もあま味も強い糀は、ありがたいことに、ここ高崎はもちろんのこと、全国にいらっしゃるファンの皆さんに支えられています。

お米は、私たちが目指す味づくりと相性の良いあきたこまちを農家さんから産直で仕入れています。主力製品である味噌も甘酒も、平均的な流通商品と比較すると、糀をたっぷり使うようにしているため「糀を食べてもらう」ようなラインナップになっているのではないでしょうか。

私たちのつくる味に愛着をもってくださった主に地元のお客様を対象にした味噌づくり教室も、長年続けています。年間1000人くらいの方がリピーターとなって、5キロや10キロ単位の味噌を仕込んでいるんです。出来上がりの量も多いので、おすそ分けしているという声も届いています。みなさんの食生活に浸透していると思うと、とても嬉しいですね。

――新シリーズを立ち上げたいと思われたきっかけは何ですか?

昔は各家庭で作られた味噌も今は、買うものになっています。かつて育まれていた「手前味噌文化」を今の時代に寄り添う形で拡げられないか?とずっと考えていました。糀をもっと身近に感じて楽しんでもらえるなら、手前味噌を定着させられるのではないかと。味噌づくりの歴史があるからこその使命でもあり、その役割を担いたいと思っていました。

味噌づくり教室の取組みの延長線でキット商品も販売していますが、作ることに興味のない方や一人暮らしの方にも手に取ってもらえる裾野の広い商品にしていくにはどうしたらよいか?新規性のある画期的な味噌づくりキットにするために、デザイン面での工夫や容量の再考など、試行錯誤しました。

楽しくて自由なみそづくり体験がはじまる。

――どのような工夫をされたのでしょうか?

既存の商品にはない、持っているとウキウキするような軽やかなパッケージを目指しました。味噌づくりの敷居を下げることも大事ですが、一見味噌づくり用には見えないおしゃれでスリムなキットであれば、「味噌を仕込むぞ!」という肩ひじ張ったものではない体験の入り口を用意できるのではないでしょうか。

そんな想いを「糀と、あそぼう」というコンセプトにも込めています。形状や色、香りがゆったりと変わっていく目に見える変化を発酵を通じて体感してもらえると嬉しいですね。商品監修やデザイン開発で若手のクリエイターたちとコラボしたことも初めての試みでした。彼らの感性で表現された糀の新しい世界観を届けられることを今からとても楽しみにしています。


糀と大豆と塩という3つのシンプルな材料で作られる味噌。「糀が大豆のタンパク質をアミノ酸に分解することにより旨味が生まれる発酵食品は、タンパク質、ミネラル、炭水化物をバランスよく摂取できる点で、万能です」。

――新しいキットはどのような内容になっているのでしょうか?

基本の米みそ、白花豆みそ、これら2種を少量ずつ作るセット計3種類を用意しました。少量仕込みで1キロ程度の味噌が出来上がります。糀があれば多様な楽しみ方が可能になるんですよ。「味噌=大豆」といった枠を取っ払って、豆変をぜひ堪能してみてもらいたいですね。具を変えていくように豆を変えていく。そんな味噌汁も面白いですし、白花豆特有のまろやかさは洋風のスープにも、野菜のディップにも活かせます。将来的には麦糀でつくる香ばしい香りがたまらない麦みそもレパートリーに加える予定です。ぜひ手作りした複数の味噌を食べ比べしてみてください。

――作り方を教えてください。

3-40分の作業工程を踏んだら、あとはねかせるだけ。と聞くとそれだけ?と思いませんか?それだけなんです笑。どなたにも扱いやすく、作りやすく、失敗がないキットになっています。お味噌づくりのハードルは豆を煮る工程なんですよね。鍋のそばで待っていないと不安!ふきこぼれないようにするには?と、多くの悩みを聞いてきました。そんな声に応えるために基本のキットでは、つぶし煮大豆を入れています。

材料を混ぜてこねて丸めて、常温保管するだけ。味噌は本来、天然熟成させるものですが、スーパーの棚に並んでいる製品は、即醸法でつくられるものがほとんど。時の移ろいによる温度変化がいい仕事してくれて天然のうまみが深くなる。おいしくなるのに必要な時間も楽しんでもらいたいです。

――はじめて乾燥糀を扱った商品ですね。

生糀は冷蔵で1カ月ほどの賞味期限なので、配送や商品陳列上の制約があります。このキットでは糀を乾燥させることで、常温で流通させられたらと考えました。課題は、乾燥させる行程で糀に一切ダメージを与えないこと。「冷却乾燥」を解決策として、低い温度で空気を抜く設備を整えました。温風をかけて乾燥させる方法と比べて作業効率はかなり悪いのですが、成分の死活を避け、自信を持って良質な糀を届けられることに注力しました。お客様にとっては、常温管理も可能になります。

日常の様々なシーンでご褒美のように飲んでもらいたい

糀屋の甘酒は人気商品。これまで720mlと300mlの2容量展開で販売してきましたが、新シリーズから飲み切りサイズ180mlの新しいフレーバー甘酒が誕生しました。

――販売されている甘酒とはまったく違う雰囲気ですね!

口当たりがよくて少量でも満足感が得られる甘酒は、リピーターが多い人気商品なんです。そんな基本の甘酒があるからこそ、新シリーズでは冒険してみたいと思っていました。発酵家・山口歩夢さんに監修に入ってもらい、糀屋の甘酒が持つさっぱりとした甘さと、洗練された味わいを両立させた抹茶とカカオのフレーバー甘酒が生まれました。手に取りやすい飲み切りサイズで、日常の様々なシーンでご褒美のように飲んでもらえるものに仕上がっています。

――どのようなターゲット層を意識されたのでしょうか?

これまで甘酒に興味のなかった方々にも味わってもらえたら嬉しいですね。お米と糀だけでつくられるヘルシーな甘酒は、健康に気を遣い、美意識も高い方々にピッタリではないでしょうか。くせのないお米を使用し、糀特有の臭みを極力なくしたつくりになっているので、甘酒が苦手な方にも飲みやすい味わいになっていると思います。3月に開催されたFoodex(国際食品・飲料展)でテスト的にご紹介したところ、反響は大きく、手応えを感じました。多くのお客様に直接お届けできるよう意欲的に取り組んでいきたいですね。

糀が私たちの生命線であり根幹です。

味噌も甘酒も起点は、糀です。いい糀をつくるために必要なことを理解して、緻密な糀づくりに取り組んできました。空気や手作業時の外的要因からくる圧を感じさせないようにする一方で、内側にはストレスがかかるよう配慮しています。発酵の力を高めて良い糀にするために、米粒の内部のほうに菌糸が伸びていくよう糀の外側は乾燥させて、内側に水分を閉じ込めていく環境を常に整えています。妥協なく作っているこの糀自体が、私たちの生命線であり、根幹なんです。

――「米と花」シリーズへの野望があればぜひ教えてください。

できれば海外で売ってみたいですね!多くの国で独自の発酵文化が育まれていますが、糀を原材料とした味噌や甘酒は、これぞ日本食であり、時代性を反映した新しいフレーバーや原材料の活用は国外においても共感を生むのではないでしょうか。このシリーズをきっかけに日本の食の多様な魅力に関心をもってくれたらと夢が膨らみます。


最後に、糀屋としてどんな未来予想図を描いているのか、櫻井さんに訊いてみました。

「そうですね・・・そのときそのときで必要なものを積極的に取り入れながら、最善を尽くす。伝統にこだわらず息の長い事業を続けて、次世代につないでいきたいですね」。

振り返れば歴史になっていたけれど、常に見つめていたのは「今」。

それが未来をも創っていく。肩ひじ張らない柔軟なものづくりの姿勢が、「米と花」シリーズにも息づいています。

株式会社糀屋
群馬県高崎市問屋町2-10-4
https://www.komenohana.com/

Photo by Taro Terasawa