「趣味は味噌づくりです」という人が、ゆるやかに増えていったらうれしい ― 発酵家・山口歩夢さん

モノをおいしくする研究がしたい――

生物学が好きで食品も好き。そして、微生物の力で変化していく複雑で未知数な面白さを感じた発酵の世界に飛び込んで数年。発酵家として醤油を仕込み、蒸留家としてクラフトジンをつくる。弱冠28歳にして、これまで数多くの商品開発を重ねてきた山口歩夢さんが、「米と花」シリーズの商品監修を務めました。山口さんが捉える本シリーズの魅力をお届けします。

新しい味づくりができるのは、基本がちゃんとおいしいから

――山口さんからみた糀屋の魅力とは何でしょうか?

450年という創業年数に驚きます。ここまで長いと「変わらない」ことを大切にしていると思われがちですが、糀屋は、伝統がありつつもトマト糀や糀ジェラートなど面白さと実用性を兼ね備えた新しい発想の商品も開発していて、まさに「伝統と革新」の両方を大切にしているところが魅力です。あとシンプルに・・・味噌も甘酒も、すごく美味しいんです!

手仕事で丁寧な糀づくりをしていることに加えて、注目したのは糀乾燥設備のすばらしさです。

一切熱を入れずに、パラパラした状態にできること。糀は40度超えるあたりから菌が死滅していき、60度を超えると酵素も死活してしまいます。生糀と変わらず、菌も酵素の活性も消えていない優れた乾燥糀があることが、味噌キット開発上でとても役立ちました。

僕は甘酒が好きなんです。とくに味噌をつくる蔵でつくる糀甘酒が自分好みで。

少しマニアックな話になりますが(笑)、甘酒はプロテアーゼ活性とアミラーゼ活性のどちらが高いかが、味を左右するんですね。

でんぷんを糖に分解するアミラーゼ活性が強いと、アルコール生成を促す点でお酒づくりに向いています。一方で、タンパク質をアミノ酸に分解して旨味を出していくプロテアーゼ活性が高いのは、味噌や醤油づくりに適しています。

糀屋はプロテアーゼ活性が高い糀を使うことで、単調ではないボディがある甘酒になっている。うまみの質感がちゃんとある甘さなので、たっぷりと糀を使っていながら、すっきりとした甘さと深みがあって、飲み続けられる点が何よりも魅力ですね。

味噌づくりは「日常の手仕事」から「趣味で楽しむ」フェーズへ

――新しい味噌づくりキットを開発してみて、いかがでしたか?

今の時代にあった味噌づくりに必要な新規性って何だろう?と試行錯誤しました。最終的には、大豆以外の豆でも作れて少量サイズにすることで、気軽に、継続的に、味噌のバリエーションを楽しんでもらえるシリーズに落ち着きました。糀を起点にすると、味噌づくりの選択肢って自由にひろがっていくんですよ。

試作を重ねていた白花豆以外の豆も、個性的な味わいなのでラインナップに加えていきたいですね。個人的には、麦みそが大のお気に入りなんです。麦糀もつくっている糀屋ならではのキットシリーズになるのではないでしょうか。

この数十年で人々の生活リズムが多様になり、食事の在り方もどんどん変化していますよね。朝ごはんをとらない人も多くなりました。昔はほとんどの家庭で毎朝飲まれていた味噌汁も、今は朝食の食卓にあがることは減っているのではないでしょうか。

でも味噌汁を味わった時の「ホッと」する感覚って、普遍的なのかな、とも感じます。

今ではスーパーマーケットに行けば、すぐにおいしい味噌が手に入るし、便利な世の中では、自分でやらなくてはならない作業は少ない。逆にいえば、つくることが当たり前の「日常の手仕事」ではなく、「味噌は嗜好品になりつつある」と捉えてみてもよいのではないか?と考えたんです。

「つくらなくてはならない」から「つくったら楽しいかも」というアプローチです。

昔の文化を取り戻すということではなくて、朝ごはんに味噌汁を「つくると楽しいよね」という捉え方に、自然に意識が向いていく流れが作れたら素敵ですよね。

味噌は粘土遊びの延長で遊びながら作れるよ、と伝えたいです。大人も子どもも楽しんで、何が入っているかわかる安心で安全なものを食べる。一石二鳥なのではないでしょうか?

「趣味は味噌づくりです」という人が、ゆるやかに増えていったらうれしいですね。

デザート感覚で飲めるソーシャルグッドな甘酒を日常に

――どんなラインナップが誕生したのでしょうか?

甘酒は、様々な健康効果から「飲む点滴とも評されていて人気があります。機能性だけではなく、もちろんその味わいも人気の理由の一つでしょうが、味のバリエーションが少なく飲み飽きてしまう印象がありました。フレーバーもフルーツ系が多く、甘さがさらに助長されてしまうのが課題だなと。

そこで提案したのが、糀屋の甘酒のすっきりとした甘さを利用しつつ、大人っぽいフレーバーを可能にするこだわりの抹茶とカカオの皮です。上質な「抹茶」と「カカオ」の栽培を手掛ける僕と同世代の若い生産者とタッグを組みました。

抹茶甘酒には、静岡でお茶の栽培から茶室のプロデュースまでやっているTea Roomの有機抹茶を使っています。お茶産業を盛り上げていくために茶畑の再生に力を注いでいるチームで、彼らの抹茶がもつ苦みやうま味は糀屋の甘酒とも相性バツグンです。

カカオ甘酒には、カカオハスクと呼ばれるカカオの外皮を採用しました。東南アジア産カカオの価値をあげていくことにチャレンジしているWHOSECACAOのハスクを使っています。ピーナッツの薄皮を思い浮かべてもらえるとわかりやすいかもしれません。

チョコレートを製造するためには、まず原材料のカカオ豆を焦がさないように炒るんですよね。パリパリっととれた皮の部分は使用しないのですが、香りも高く、ポリフェノールを豊富に含んでいて、廃棄されるにはもったいない食材なんです。ハスクの食感も面白く、1本で飲みごこちの変化を楽しめるのではないでしょうか。

デザート感覚で飲めて生産者の応援にもつながるラインナップを、幅広い層の方々の日常に取り入れてもらいたいですね。

このシリーズを通じて、味噌づくりや甘酒のある生活がふんわりと浸透して、発酵の「関係人口」が増えていったらとても嬉しいです。

山口歩夢(やまぐち・あゆむ)

発酵家・醸造/蒸留家
エシカル・スピリッツ/Whiskey & Co. 取締役

1995年生まれ。

料理、調味料への探求心から東京農業大学へ。大学院で醸造学を専攻。人間の味覚について研究する傍ら、発酵、醸造、蒸留の世界で活躍し始める。廃棄食材を使用したクラフトジンやコオロギから醸造するしょうゆなどの商品開発を手掛け、多様な食材の新たな可能性を社会に提示し、発酵業界の若き担い手として注目を浴びている。グローバルビジネス誌「Forbes」が発表する次代を牽引する新しいリーダーを発掘し、多彩なジャンルから日本発・世界を変える人材に光を当てる「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2021」に続き、2022年5月には「Forbes 30 UNDER 30 Asia 2022」に選出されるという快挙を成し遂げる。

Photo by Taro Terasawa